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晩年の父のこと

この週末は父の初盆法要がありました
忙しくって、くたびれ果てたーーーーーっ
でも、父の兄弟たちも集まり、生前の父の愉快な話に盛り上がり
おごそかにではなく、笑いいっぱいの法事になりました。
楽しかったです。
物知りでおしゃべり好きな父も、きっと、輪の中に加わっていたことでしょう。

父は病気がわかったときには、あと3ヶ月の命と言われました。
母が亡くなってから15年一人暮らしを続けている父を、一人きりで闘病生活をさせることはできません。
兄と私が「どちらかに来てほしい」とどんなに説得しても、頑として拒み続けました。

生まれ育った土地を、
自分が苦労して建て 母と暮らし 私たち子どもを育てあげた家を、
離れることを、選びませんでした。
年をとってからのいろいろな治療は辛かったと思いますが、
愚痴もこぼさず、入退院しながら、野菜づくりを生きがいのようにして一人暮らしを続けました。

3ヶ月と言われた命は、3年半も延びました。
わが父ながら、あっぱれな闘病生活だったと思います。

治療の手立てもついになくなり、いよいよ悪くなり、入院してからも
「自分の家で死にたい」を繰り返し訴えてた父は
ある日、相談もなしに、退院して在宅医療を受けることを決めてしまいました。

それからは、本当に本当に大変でした。
退院したものの、支えなしには歩くこともままなりません。
立った姿勢から、畳の上に低く敷かれた布団に寝るという動作すら難しいのです。

「誰の助けもいらない。這ってでも自分のことは自分でする。」
「お前たちのところには行かない。ここを離れない。お前たちも仕事や家を投げ出して来る必要はない。来なくていい。ただ、家で死にたい。誰にも気づかれないまま死んで、ウジがわいても構わない」

そうは言うものの、何ひとつ自分で出来る病状ではありません。

週末には兄、平日は私と交代で実家に帰り、父と暮らすことになりました。

大急ぎで介護ベッド、ポータブルトイレ、手すりなどのレンタルを受けました。
他にも受けたいサービスあったのですが、介護認定の調査に来た人の前で
必死で足の屈伸などをやってみせ、
認定のための質問には
あれもできる これもできる
そんなサービス必要ない 大丈夫
と強がりばかりを並べ立てて、
今にも死にそうな状況の父なのに、「要支援1」という一番軽い認定しかおりませんでした。

ケアプランの人からは、
「たくさんの方のお世話をしてきましたが、こんなに深刻な病状になっても、これほど自我を持った人を見たことありません。たいした人ですね。」と言われました。

ププッ 要するに・・・ここまで我儘な人は見たことないってことですよね。

頭がはっきりしていた父にとっては
最後の3ヶ月くらいは、とても辛かったと思います。

日に日に、出来ないことが増えていくのを、呆けてない頭でしっかり自覚しなきゃならないことは
プライドの高い父には、一番辛いことだったのではと思います。

今日は支えがあっても足が踏み出せなくなった
今日は上半身を起こすこともできなくなった
今日は・・・ ・・・・

という具合に、毎日ものすごいスピードで出来なくなることが増えていきます。

まぁ でも 気の強い、生きる力の強い人でした。

似たもの同士、男同士の兄には、最後の最後まで意地を張り通していました。
私には、我儘の言い放題、甘え放題でした。
時には、「いくら病人でも、あんまりじゃん。あんな言い方ないじゃん」って思って
見えないところで泣いたこともあります。

父と息子 父と娘ってそんなに違いがあるのかなぁ?
兄と私が交代する日、手鏡を長く持ってることもできない父なのに、必死でひげを剃りました。
そろそろ兄が着く時間がせまると、私を無理やり買い物に行かせて、
その間に紙オムツからパンツにはきかえました。
どうやって、それができたのかいまだに謎です。
息子の前では、死ぬまでかっこつけたかったのでしょうか?

ベッドからおりてトイレで排泄をするということには、強いこだわりがありました。
腹水とむくみで重くなり、力の入らない体の父を、小柄な私がトイレに連れていくのは
本当に大変で難しかったです。
失敗すまいとあせる父と力の弱い私の二人ともが同時に倒れてしまったこともあります。
「紙オムツの中にしなさいとは言わない。声をかけてくれたらトイレに連れてく。でもあせってこの間みたいに倒れてしまったときに 助けることが難しいから、あせらなくてもいいように使うだけは使わせて」と頼み込んでの紙オムツでした。
そして、ベッドからわずか2mしか離れていないポータブルトイレにものすごい時間をかけて連れていくのです。両手と体全部を使って父の体を支え、踏み出せない父の足を私の足で蹴るようにして少しずつ送っていきます。
トイレに座ってても、前にも後ろにも倒れてしまう父の前に座って、あごを私の肩に乗せさせて、私にもたれさせます。
父と私は抱き合ったような感じです。
強い黄疸から、体中が痒くてたまらない父の背中をついでに掻いてあげながら終わるのを待ちます。
そうやって、毎回毎回、父の排泄につきあいながら、
私は自分が生まれたときのことをいつも考えました。

生まれたての私は、もっともっと何もできなかった。
何一つ自分でできない泣いてばかりのふにゃふにゃの私の世話を
父と母がすべてしてくれたんだなぁと

口元まで食べ物運んでくれて、お風呂入れてくれて、おしりふいてくれて、

そうやって育ててくれた親が、年をとったり病気をしたりして動けなくなったときに
子どもが親のおしりをふくって 当然のことって心から思いました。

大変ではあったけれど、特別なことをしてるとは不思議と思いませんでした。

意地っ張りな父に振り回された数ヶ月だったけど
父の昔話を聞き、たくさんおしゃべりし、父の我儘につきあった時間は、
今となっては、懐かしい貴重なひとときです。
そして、もっともっとできたんじゃないかと後悔のほうが大きいです。

父の最期の言葉は
「死ぬよ」でした。
しっかりと目をあけ、兄と私の顔を見て
律儀に「死ぬよ。もう死ぬからね。」と宣言して死んでいった父。

たいしたもんだ
あっぱれだ
と、思います。

長々と身内話ばかり・・・
全部読んでくれた方には感謝感謝です
ついでに かっこつけのLily父に あっぱれのポチッ下されば、父喜びます 



テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

コメントの投稿

NoTitle

涙がでたよ。。。

最後のお父様の言葉で
お父様の人となりがわかるね。

Lily姫さまへ

コメントありがとうございました。
素敵な内容ですね。
「大変であったけれど、特別なことをしているとは
不思議と思いませんでした」の言葉に、Lily姫さまの
お人柄が全て表されていると思えます。
お父上に代り、改めて感謝申し上げます。
”ありがとう”!        ((応援ポチ)

格好良過ぎる・・・

お父さまでしたね。

オヤジも、もっと頑張ろう!!

NoTitle

今じゃ、自分の家で最後を迎えられるのは幸せだよ。
病院じゃ、薬づけにされて、意識ももうろうとした中で、最後を迎える事になる。
看病する側も、される側も、ほんと、大変だったろうね。
でも、それ以上にいろんな事話して、教わって、思い出残してくれたんだもんね。
今でも、きっとお野菜作ってるだろうなぁ。
頑張らなきゃね。お空から笑われちゃうよぉ~!

NoTitle

アッパレ父ちゃん万歳!!!!!!

こんばんわ♪

いや~カッコイイです~お父様~素敵です(*^^)v
お父様がLily姫さんに我儘言えたのも
姫さんを信頼してたからですよね
楽しい法事でお父様も喜んでたことでしょうネ(^^♪

コメントありがとうございます

ミソジちゃんへ
ありがとう ジーーーーーン
かなりワンマンな父でしたヨ
今となっては、笑い話だけどね・・・


jushinさまへ
ありがとう・・・ナンテ
とうとう父からは言ってもらえなかったのに・・・
でも、言ってくれてるような気がしました
ありがとうございます

ロンゲさまへ
いやいや
同じように頑張らない方がいいと思うんだー
仕事も家もほっぽらかさなきゃ、付き合いきれなかったもん。
私は正直、父と同じようなことしてこども達を困らせたりはしないようにしようって思う。(コレ本音)

れんげちゃんへ
それがねー
ギリギリになって、どうにもこうにもいかなくなって
最後の2日間は病院だったのよー
「死ぬよ」は「もう死ぬから家に大急ぎで連れて帰れ」だったかもしれない・・・ だとしたら怒ってるかもーっ
野菜作り、がんばって、機嫌とらなきゃ

先生へ
万歳!!!!!もらったよー 父。
我を通して回りを振り回すって 本当はちっとも
かっこよくないって思うんだー
でも、アッパレと言ってもらえて、
天国の父、ふんぞり返ってるんだろうなぁ~ クスッ

ラムネちゃんへ
「ホラみろ!ホラみろ!俺は最後までかっこよかった」と
母にいばりくさってる父が目に浮かぶ~~~っ

信頼されてたのかなぁ?
ほんとに すっごい我儘だったんだよー
今思い出しても、泣けるくらいに・・・ グスン

NoTitle

とってもいいお話ありがとうございます!
感動しました~
うちの義父さんとすごくラップするところがあって
思わずうなずいてしまいました。
まわりの方がとても人間出来ておられてLily姫さんが
心の広い方なのも納得できました!

うちは義母さんが亡くなってから遺産相続で泥沼化してます
ゞ( ̄∇ ̄;)
テレビや小説でしかないと思っていたのに・・・
どうしていいかわからない時もありますが、
このLily姫さんの話を思い出して
暖かい気持ちをもってがんばりますv-91
(シビアな話になってごめんなさい。)

NoTitle


良いなぁああああああ!!!!!

NoTitle

親父として、病と向き合ったとき、おそらく決心したんだろうね。
親父らしく、俺らしく生きて行こうと。
それは、ある意味で、お互いが苦悩との格闘だったと思う。
最後まで、自我を押し通すことで、俺の血がお前にもあるんたぞと訴えたかったのでしょうね。
大変でしたね。では済まされないでしょうが、カッコええ親父さんじゃないですか。
ここまで生き様をさらすなんて、意志が弱いから、私には出来ませんよ。
素晴らしくも、辛い思い出と家族愛を有難うね。
わたしも人生はこう在りたいです。

NoTitle

グズン・・・
あの時を思い出したょ・・・
大変だったょね><
充分頑張っているの知ってたから、
あえて頑張って!!なんて言えずにうまく励ます事も
出来なかったよぅな気がする><
あぁ、きがきかねぇ、annjeだなぁ><

コメントありがとうございます

みらぴんちゃんへ
ありがとうです
みらぴんさんこそ、同居されてて、大変な苦労があるだろうに
毎日を楽しく過ごすコツを知ってらして
尊敬の気持ちでいつも見ています。
私もね なんだかね
みらぴんさんのお義父さまと、うちの父を重ねてしまいますー


先生へ
愛?愛かなぁぁぁぁぁ~
そうですね 愛ですね
愛いっぱいもらったし、私もいっぱい愛してた。


気まぐれさまへ
ありがとうございます。
「カッコええ親父」は、Lily父にとって最高の賛辞だと思います。
今頃、ニヤニヤしてるぞぉ。きっと。
フンッ
くやしいけど、やっぱカッコええ親父だったと思うよ、父。

どう生きるか という事と同じくらい
どう死ぬか を一生懸命考えながら生きようと
最近、思うようになりました。


annjeへ
annjeには、いっぱいこっぱい励まされたよぉ~。
仕事は大丈夫、安心しな!って言ってくれたこと、
辛い気持ちを黙って聞いてくれたこと、
一緒に泣いてくれたこと、
annjeに頼ってばかりだったよぉ~。
あの時はありがとう
いつもありがとう
なーーーーーんてねっ 照れるじゃんじゃんこー
非公開コメント

プロフィール

Lily姫

Author:Lily姫
大分県在住 ♀
いつのまにやら50代(≧m≦)


妄想とうたた寝が大好きです
大好きを通り越して、たえず妄想の中で生きています。


2015年2月退職しました
2015年4月介護福祉士をめざして専門学校生になりました
2017年3月専門学校を卒業しました
2017年4月地域密着型のこじんまりした特別養護老人ホームに就職しました

時間も気持ちも余裕がなく、野菜作りはひとまず中断しています。
いつかきっと再開したいと思っています。


ぼちぼち更新の、のんびりペースのブログです
読んでくださってありがとうございます
訪問とコメント、とても嬉しいです


コメントへのお返事は遅れがちですし、現在は、まとめてのお返事の形をとらせていただいてます。

ご理解よろしくお願いいたします

リンクフリーです。
でも、一言お声をかけてくださると嬉しいです。
といいながら、内気なわたし(ほんとうか?)、たびたびお邪魔したいお部屋を、いくつか黙ってリンク頂いています。

もしも不都合がありましたら、どうぞご遠慮なく、お申し出下さいませ

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